「能登演劇堂」の視察&「無名塾」の観劇ツアー

10月12日(土)~13日(日)、「ホールを創る会」の委員と会員、他の総勢22名で石川県七尾市中島町にある「能登演劇堂」の視察とロングラン公演を続けている無名塾の「ロミオとジュリエット」の観劇ツアーに行って参りました。
小型バスで駅西口を7:30スタート。東北・磐越・北陸の各自動車道をひたすら走り続けること8時間余、ようやく目的地に到着しました。

✿ 第一日目は、シェイクスピアの名作「ロミオとジュリエット」を観劇。

仲代達矢さんと若い俳優さん達の熱演ですばらしかったのは勿論ですが、話が進むにつれ、当ホールの大きな特徴である舞台後壁の大扉がいつ、どんな場面で開くのか、興味津々、固唾をのんで見守っていました。

と・・・突然、左右にゆっくり大きく開き始めました。ひんやりとした風が後の席まで飛び込んできます。全開したその暗闇の空間に丸木で組まれた長い階段の橋が延び、その奥から赤々と燃える火をかざした役者が走り寄ってきます。突然に舞台が内と外でつながり、架空の世界と現実の世界とが一体となりました。その幻想的な広がりのある空間に大感激でした。

 

 二日目はホールの視察。

今回、私達の依頼を快くお引き受け下さり「福島の芸術ホール構想」を具体的に立体的なものにまとめて下さった小林吉則さんに案内していただきました。

そもそも小林さんはこの「能登演劇堂」の設計に携わった方です。この小さくて静かな中島町が大変気に入り、合宿の地として再三訪れていた仲代達矢さんとの縁で、町のシンボルとして演劇ホールを創ることになりました。とはいえその決心をした町長さん始め、町の皆さんの英断にも驚かされますが、設計という大役を任された若き日の小林さんの真摯な姿勢と熱意にも敬意を表します。小さな町の大きな事業に対する責任と決意がその後の行動につながります。今まで演劇とは何の縁もなかったため、しばらくの間「無名塾」の公演に付いて回り、専門スタッフからの聞き取りや、旅公演で基本的に必要とするものなどについて、現場の人の声を大切に集めていったそうです。この徹底した努力の結晶が当ホールの随所に活かされています。

具体的に挙げてみると、

  • 大道具搬入口
    10トントラックがウィングを開けて搬入できる位の広さがあり、公演中の荷物置場や作業場としても使えるようにしてある。
  • ホール
    • ステージから開閉が見えないように、入口の二重ドアから数段の階段を昇って席へ進む。* 座席はゆったりしており、ワンスロープの階段はやゝ急な感じもするが、そのせいで「千鳥型式」になっていなくても前の人の頭が邪魔にならず、後の席からでもステージが思ったより近くにみえる。
    • 壁・床・座席の色彩は全てモノトーンで、大変落ち着いた雰囲気である。
  • 舞台
    • 高さは70cmとやや低い印象だが、これは仲代達矢さんからの要望で、最前列からも観易い高さだそうである。
    • 間口8間(14.4m)・奥行8間(14.4m)
    • 袖幅(上手9.7m)(下手10.8m)
    • 反射板と音響板無し
    • 吊り物(重い物は電動・軽い物は手動)
  • 楽屋・控え室 様々な配慮があり驚きの連続でした。
    • 2人用個室(2)・9人用(1)・12人用(1)・12人用和室(1)・スタッフルーム(1)
    • * 部屋の中央部天井から太いパイプで作られた衣装掛けが2、重い衣装を何着も掛けておくため、この位頑強なものが必要とのこと。
    • 鏡前のカウンターは、ゴミ袋として使うビニール袋をガムテープなどで貼られても安心してはがせるような素材で作られている。
    • 鏡の上壁に備えられた金属製の棚はまさに電車の棚がヒントになって作られたもので、忘れ物防止用に全てが見えるようになっている。
    • 大きめの洗面台も部屋の広さにより複数台備わっている。
    • 楽屋外の廊下は普通のホールの倍位の幅があり、諸道具や共通に利用するものを置いておく、など大切なスペースをとっても十分通行できる幅がある。
    • 役者用トイレは役者が衣装をつけたまゝ利用できるように広くたっぷりの空間がとってある。
  • ランドリー・シャワー
    • 全自動洗濯機が3、長期公演になるとプライベートで使うこともあるので、2槽式の便利さもあり、1台備えてある。乾燥室やシャワー室も十分に完備されている。
  • 客用トイレ
    • 開館時、同じ場所に男子、女子各々のトイレを設置したが、女子用が不足となり、急遽男子用をホールの反対側に新設、今までの所は全て女子用にした。
  • 舞台裏の庭

    元々は田んぼだったところなので、地面にはかき貝の殻を砕いて敷き固めたとのこと。開館時(平成7年)にはまだ小さかった周りの木々もすっかり大きくなってきているが、この風景も作品により木を移動させたり、山を造ったり、壊したり、ある時は水辺を造ったりと多様な使い方をしているそうである。
    昨日の公演の景色は、暗い中火を焚いて効果を出し、客席からの距離感を実感してもらうようにつくられていたようである。

    途中でゆっくりと厳かに開いたあのは、カーフェリー用のものと同じで、造船の技術がないと造れないので特注したそうである。扉を開けることで舞台上の効果が大きいが、温度差で袖幕が動き、音響や照明にとっては大変なこともあるようである。又季節によっては蜂やこうもりが飛び込んでくることもあるとか、この場所でしか味わえない感動の裏には、様々なドラマがあるようである。

 

◇◆ まとめ ◆◇

ホールの印象はシンプルで落ち着いた感じでした。

かなり広い展示ホールについては、お芝居の無い時にも地域の方達が集えるように考えた、と小林さんがおっしゃっていたように多様な使い方がイメージできます。

お芝居のある時はビュッフェもオーブンし、地元の産品を扱うお店などで賑わい、外にはのぼり旗が何本も立ち、まるでお祭りのようで、遠方からのお客様を迎えるというあったかいホールの姿が伺えました。

演じ手の側に立って必要な空間を十分に備えたすばらしいホールであると共に、地域性もきちんと考えて造られており、両面が見事に活きている感じがしました。

【 参加者の感想 】

公共にして理想的な演劇専用ホールが在った!―小室文江

行きました、見ました、能登演劇堂。観ました、無名塾のロミオとジュリエット! 初めて尽くしです。演劇堂の存在を知り是非訪れてみたいと思っていても一人では遠い土地、念願叶い今年最高の体験となりました。

のどかな田園地帯にこんな・・・と思う建物が視界に入ってからは、感心することばかりで、ずっと口を開けたままでした。設計者の小林さんが案内のなかでおっしゃった「観やすい、聴きやすい、演じやすい」劇場をつぶさに目にし、関わった皆さんの熱意と努力に頭が下がるばかり。仲代さんの思いに触れ「作りませんか」といわれた町長さんのお顔を見たくなりました。

楽屋まわりの充実が一番心に残っています。使い易い楽屋、シャワー室、洗濯室などの配置の良さ。40年近く前にアメリカのユニバーサルスタジオで豪華な楽屋を見たときは驚きましたが、シンプルで機能的に工夫されてこそ役者さんが大切にされ良い演技につながるのではと感じました。洗濯機や乾燥機を持っての旅公演が珍しくなる時代が早くきて欲しいものです。

もちろん客席も「観やすい」ワンスロープで舞台が近く感じられ、どの席からもよく観え、圧巻はやはり舞台の後ろが開いた夜の場面。夜気がスーッと感じられ、一気に自分もその舞台に飛び入ったような感覚を味わいました。これこそ幻覚?隣席からの「何だって広い舞台だねー。」という感嘆の声にふっと我に返った瞬間でした。福島でも体感できたら最高ですが、そんな贅沢はなくても「主役は人」のホールがあったら豊かな人を育てられるのでは・・・。

 

能登演劇堂観劇ツアーに参加して―毛涯 晋子

十月十二日、待ちに待った日がとうとう来た。朝四時に起床して準備しながらも気もそぞろでした。思い返して考えてみると私が最初に七尾市の能登演劇堂の設立と公演を知ったのはNHKテレビの報道番組で内容を詳しく放映されたことです。仲代達矢と無名塾・それに加えて特別な舞台機構。また七尾市等との連携で完成された等々の事情を知り、非常に興味を持ちました。それ以来いつか能登演劇堂へ行き、観劇ができる日が実現するという希望と夢を持ちました。そして今回の機会が巡ってきたのでした。

福島から演劇堂までの所要時間は八時間程でしたが、期待と喜びで長さはあまり感じられませんでした。

そして座席に腰を下ろして最初に感じた点は、内装と座席の色調がとても落ち着いた雰囲気で、さらに椅子の配置が良く設定されていて、舞台が良く見られ大満足でした。

公演はやはり仲代達也さんが秀逸でせりふ廻しも動きも抜群でした。翌日は設計者の小林吉則さんにより舞台裏や楽屋及び大扉の設備等の詳しい説明を受け大変感謝致しました。

いつか福島にも芸術ホールが出来上がることを望んで夢見て協力をしたいと思いました。

 

目で見、手で触れ、心に感じたツアー ― 畑 達子

バスを降りた私たちの前に姿を見せた能登演劇堂は、山裾に黒い屋根瓦の家が点在する

田園風景の中に静かに建っていた。風に揺れる歓迎の登り旗のぶどう色が秋空に一段と存在感を示していた。エントランスホールに入る通路は、かきの網焼きの出店などが並び賑わいを作り出し、街おこしの一端を荷っているようだ。

ホール内は全て黒で統一され、座席もチャコールグレーで、観客は、すっぽりと黒空間にはまった感があった。ワンフロアーで651の席づくりは勾配がきつく、老人には足元に不安を覚えるところが難か?舞台から楽屋迄の幅の広い通路は勿論、トイレ、シャワー室など衣装をつけて移動する役者には何という使い易さかと感心する。

いつ開くかと期待していた舞台奥の扉が開いた時の驚きは今でも鮮明である。上演中の世界が自然と一体化し、広がりと深さを感じさせ、演劇をより魅力的にしていると実感した。

ホールのみならず作業しやすく作られた大道具の搬入口などなど、心憎いばかりに仲代氏の考えを受け止め、設計にあたった小林氏の努力の跡が感じられた。まさに「役者の為につくられたホール」である。

福島のホール作りに生かそうと計画した今回のツアーは、今迄学んで来た知識を基に、目で見、手で触れ、心に感じる大変貴重なものであった。

(担当 本田洋子・斎藤光子)

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