演劇人インタビュー 人形劇団プーク 井上幸子さん

わたしにとって劇場とは”
―劇団創立からの想いを引き継いで-

人形劇団プークの井上幸子さんに聞く

公会堂で行われた福島演劇鑑賞会の例会「怪談 牡丹燈籠」で、潤色・演出をされた人形劇団プークの井上幸子さんに、9月19日お話をお聞きしました。聞き手は笠原慶大事務局長です。

 

人形劇の劇場は人間の芝居の劇場と違うの?

舞台「牡丹燈籠」

私たちが今回持ってきている「怪談 牡丹燈籠」などでしたら、800席の劇場が理想、普通の俳優の芝居と同じですね。人形劇はもっと小さい劇場の方がいいだろうと思われがちですが、観ていただくとお分かりでしょうが、人形って結構大きいし、頭(かしら)、顔の大きさは、普通の役者さんよりもかなりデフォルメされ、メークもはっきりしています。

うちの人形劇で言うと、800人位の人に観せるためにつくった機構の普通の劇場で観ていただくのがぴったりだと思います。勿論300席とかが合っているもっと小さい人形もあります。

プークの劇場は106席なんですよ。それが理想だった訳ではなく、土地がそれしかなかったからで、土地の広さから割り出した席数です。身近で観られる良さはありますが、プークが大きな作品を創る場合は、そこでは無理で、年何回かは紀伊國屋ホールでやっています。

 

プーク劇場の建設・維持の原動力は?

プークの劇場の建設は1971年、間もなく45年です。正直言って維持は大変です。海外からお見えになる人形劇団の方たちは「どこからも補助を受けずにこれを建てて、維持しているのは信じられない」と言われます。何故45年間も頑張って維持して来られたのかと言いますと、創られた時の状況について、私たちが色々聞いていることで、簡単に消してはいけない、という想いが非常にあるからです。私は建って間もなくの入団ですから、建てる途中の財政的なことも含めた本当の意味の苦労は、先輩達がやってくれたんです。プークの劇場がある代々木2丁目は、第二文教地区と言って、お笑いみたいな話ですが、パチンコ店と同じカテゴリーに入る劇場も建てちゃいけないという場所なんですよ。でも単なるアトリエではなくて、子どもも、大人も一緒に集える場所が欲しいということで、建つまでにはずうっと本当に色んなことがありました。劇団にとって、劇場はやっぱり拠点ですからね。そこで作品が生まれ、出会いがあってという、大事な場所ですから、劇場を建てるというのが、当時の代表であった川尻泰司の夢だったわけです。ヨーロッパや東欧に行きますと、どこにでも人形劇場があるので、日本でもそうありたいと思って、建設の為にかなり踏ん張ったんですね。

劇団員が銀行の信用を得るためにお給料を積み立てたり、建設バッチを何種類か作って全国の方たちに買って頂いたり、スタッフの方たちが建設期間中は無料で本を書いてくださったり、などなど、協力して頂いて建ったものなのです。勿論建った後も借金がありましたから、返し続けましたし、土地も人様の物だったので、その後も取得出来るように、少しずつ、少しずつ、頑張ってやってきました。プークの劇場は、そういう想いで先輩たちが創ってくれたものです。その後の維持で言うと、私たちも結構苦労はありますが、やっぱりとても大事な場ですね。それが出来たことで、年間のレパートリー生産がもの凄く増えました。実験劇場も出来ますし、自分たちの予定で劇場も使えます。今私も演出をさせて貰っていますが、若い時に書いた本を取り上げて貰えるし、年間何本も作品が創れます。そのことで私たちは成長させて貰えたという場でもあります。満席でも106席ですから、正直言って採算の取れる劇場ではないのですが、決して手放したくありません。自分たちの場が欲しい、皆さんに利用して貰える場でありたい、そのことが一番にあります。

 

演劇ホールは色んな芸術に対応!

演劇、特に人形劇は総合芸術だと思っています。人形美術を中心として、勿論普通の演劇と同じように、装置、照明、音楽、効果音が必要です。もし800人という理想的な劇場を新しく創れるとしたら、どんな響き、どんな照明にするのか、そういうことを一から考えられるわけですし、クオリティのあるものが創れるはずです。ですから演劇が出来るということは演劇だけにしか使えないということは絶対にありません。勿論音楽だって出来ますし、高校生などの発表の場にも使えるし、講演会にだって使えます。

 

福島にもぜひ、800の劇場を!!

福島に、演劇をするのに丁度いい800席の劇場が無いのは不思議なくらいです。どういう立ち位置でそれを創るかで随分違ってくると思います。国際会議とか、サッカーの国際的試合であれば、何千、何万人でなければならないと思いますが、それって年に何回使われるのか疑問です。むしろここで日常的に暮らしている方たちにとってより利用度があり、楽しめて、そしてその方たちの為の文化になるということをちゃんと考えれば、結論は出るのではないかと普通は思いますよね。私たちのように使わせていただく側としても800席というと、かなりライブというか、生の舞台が届けられる大きさですね。これが1000人を超えて、2000,3000などになると、生で観ていても、全部スピーカー音になってしまって、生でありながら半分機械に助けられちゃっている舞台になりますから。生の良さとはちょっと違うんですね。皆さんの会は、今までも27年間運動をされてきたようですが、ぜひそういう劇場が建つまで、これからも粘ってください。

 

井上さんにとって理想的な劇場とは?

いわゆるバブルの時代に建ったホールは、やけに豪華絢爛。ピカピカのロビー、ふかふかの絨毯、より凝った外観。

でも私たちには使い勝手が良くて、お客さんにとって楽に観られるという視点がある劇場はとても有難いですね。例えば大道具などを舞台までスムーズに運べる搬入口とか、どのお客様も舞台を観るのに丁度いい角度になっている客席とか、それらはとても大きなことです。建てる時にはお金が掛かることなので、行政や色んな人が関わると思いますが、大事なことは、普段そこを使っている劇団や、照明・音響などの専門家の意見をきちんと聞くことだと思います。基本的にはシンプルでいいんです。華美なことじゃなくて、実質的に中味です。舞台と使い勝手と客席の観やすさを一番に考えることです。勿論文化施設ですから、皆が集える場所でもありたい。演劇に使う方たちだけが利己的に言っていることではないと思います。そこで暮らす人たちや、観に来てくださる方をまず考えて欲しいと思います。

私が理想的なホールだと思うのは、井上ひさしさんの故郷、山形県川西町にあるフレンドリープラザです。あそこは物凄く考えてつくられています。色んな専門家の意見を聞いたんじゃないかと思います。公演の準備の段階から非常にやりやすいです。客席も前後の人たちの頭が邪魔にならないような角度が全部計算されていて、わずかに角度がついています。800席まではいきませんが(注:717席)。理想的なホールって中にはあることはあるんですね。

 

プーク劇場と地域とのつながり

プークの劇場は、新宿駅から7分、表通りから一本裏の通りにありますが、そこの小さな商店街とお互いに交流し合っています。街で年に何回か行われる祭りやイベントにはプークもお手伝いします。或いは、プークの劇場が渋谷区代々木の2丁目にあるので、「2丁目割引」と言って、2丁目に住んでいらっしゃる方には割り引いて観て頂きます。もうちょっと気軽に来てもらおうという願いからです。地域と非常に密着していると思いますよ。ですから街がコンクリートのビル街というだけじゃなく、保育園児がわっと来たりすると、危なくないように大人が見守ったりするちょっと微笑ましい風景もあります。そういう関係が40何年か続いていますから、それが3世代に亘っているんですね。毎年クリスマスの時期にやっている「12の月のたき火」という人形劇は、プークのロングランですが、お母さんと一緒に観に来た娘さんが、今度は自分の娘さんを連れて観に来てくれるので、3世代で同じ作品を観るということが実現しています。それは長くそこにあるという面白さですよね。おばあちゃんなどは、同じ作品を孫の世代まで同じように観られて、とても楽しいというか、嬉しいというか。劇場が作品と共に地域に根付いているという事ですよね。

行政から一切補助は受けていないとは言いながら、作品によっては、或いは記念年間の年には、助成してくださるということなので、一生懸命企画を出しています。1年間にこれだけの作品を創って、上演しているという実績は、大きな土台であり、選んで頂く上で、無関係ではないと思っています

今仲間の劇場が無くなっていく状況です。本当に維持は大変ですが、無くなってから、しまった、こんなに少なくなっちゃった、とそこで気づいても、もう取り返しがつきません。それは怖いです。

 

紀伊國屋ホールとは、深いつながりが!!

プーク劇場は106席、紀伊國屋ホールは418席です。作品にもよりますが、プークも本来は400席位ないと、外部の照明さんを頼んだりすることも含めて、色々な意味で採算は成り立たないのが現状です。

プークの自主公演の場合は大抵紀伊國屋ホールを使っています。本来は大人の演劇を上演する所ですから、最低5000円、6000円の上演料なら何とか採算は合いますが、子どものお芝居ですと、せいぜい3000円。正直言ってそこで採算をとるのは難しいです。

紀伊國屋さんは、新宿の文化をそこで作りたいということで、劇場をつくられました。そして、一緒に新宿の文化をつくりたいという想いで集まった劇団の方達と一緒に、プークも紀伊國屋ホールが出来た当初から毎年欠かさずに使わせて貰っています。紀伊國屋さんも最初に声を掛けてくれますし、長い付き合いです。本来は大人の演劇をやる場所ですが、プークだけは子どものお芝居もやらせて頂いています。私たちにとって紀伊國屋ホールは切っても切れない場所です。プークの経費としては高いので、紀伊國屋ホールを使うのをやめようかという意見が無かったわけではありません。でも歴史的なスタートもあり、やっぱり紀伊國屋といえば演劇の殿堂みたいなもの、新宿にいけば紀伊國屋というのがあります。そこでやらなくなったら、プークは下降線をたどっていくような状況になるんじゃないかと思いますので、今は踏ん張ってやっています。プークのことを支持してくださるお客様は、紀伊國屋というと、「ああ、あそこね」と分かってくださるのは大きいですね。会場が変わってしまうと、定着するのが難しくなりますからね。

 

劇場を市民に定着させるための工夫

私たちプークは、「いつでもウェルカム」ということで、公演が無くても皆さんに来ていただきたいと思っていますが、普通の人は、チケットも持たずに劇場に入っていいものだろうかという感覚が非常に大きいらしいです。プークのロビーは、本当に小さいのですが、小さな人形を一杯飾って、皆さんが小さなプレゼントを購入できる様なコーナーを設けたりして、できるだけ開けておきます。

「プンクト」という喫茶コーナーもあります。エスペラント語で、拠点とかポイントという意味です。元代表の川尻泰司の孫にあたる女性が、普段からプークに人の流れを作りたいという想いで始めました。お芝居をやっていない時でも、お客さんに立ち寄ってもらって、ちょっとお茶を飲みながら、劇場のことを知ってもらうとか、今度こんな公演があるということを見てもらうとか。随分お客さんの流れが変わりましたが、それは彼女の功績だと思うんですよ。その彼女はとても気さくな性格で、海外からお出でになっているお客さんにも気軽に声を掛けるので、外国の観客も増えたりしているんです。そういうのって本当にちょっとしたことなんですね。

フレンドリープラザがなぜあそこまで定着出来ているんでしょうか。最初の頃、駅を降りたら何にも無くて、正直言って維持できるのかしらと思いましたよ。

今、ホール内に併設されている図書館が、稼働率でいうと全国でトップクラスらしいですね。学生さんから誰でもいつでも自由に入れて、遅くまでやっているんですね。そうすると地域の人たちの文化の拠点になりますよね。それがうまく定着しているんだと思います。初めは興味が無かった人も一回お芝居を観に行って、良かったらまた観ようと思いますよね。東京でやったお芝居なども持っていけば、東京まで行かなくても地元で色んな文化に触れられます。それがとても成功していますね。勿論井上ひさしさんというシンボルというか、影響力が大きいとは思いますが、行政もいい意味で応援してくださっているんだろうなと思います。

本来、文化の拠点として皆が出会う場になって欲しいということでいうと、図書館でなくてもいいと思いますが、人が自由に集える場があるとか、コーナーがあるとか、そういうものってとても大事だなあと思いますね。パチッと閉め切って、チケットを持ってない方は・・・というんじゃなくて、日頃から文化の拠点、人と人の交流の拠点であって欲しいと思います。

 

演劇は心を豊かにするもの

演劇だって、人形劇だって、あまり観ることなく人生を終える人もいるし、別に観なくても生きていけるぐらいのことではあるかもしれません。でもそこで作品や人に出会って、心の遊びというか、人生が豊かに広がっていくということを一回知ってしまったら、観なくなった時に、お腹が空くと同じくらい飢えますよね。演劇が、ご飯を食べるくらい、自然で大事なものとしてあったらいいなあと思いますね。      (担当 柳谷紀子)

 

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