第3回 若者と考える福島の未来の公共ホール

 2017年5月20日(日)、福島市市民活動サポートセンターで行われた、福島の芸術ホールを創る会の定期総会にて、未来シンポジウム『若者と考える福島の未来の公共ホール』の3回目を開催。

第一回、第二回を受けたうえで、福島の演劇文化の未来や芸術ホール、まちづくりについて語り合いました。

【パネリスト】

  • 羽田 正雄:福島の芸術ホールを創る会代表。演劇集団ゼロとしても活動を続ける
  • 佐藤隆太:シア・トリエロメオパラディッソ所属。伊達市梁川町出身。役者として、ドイツや中国、韓国など海外での公演の出演も。
  • 大信田勇太:元福島大学演劇研究会。秋田県角館出身。現在、劇団120◯EN演劇ユニット劇団小池への出演など福島で芝居を続けている。
  • 菱沼直人:演劇ユニオン大紅蓮総長。福島県立橘高校3年。福島県二本松市出身。演劇にとどまらず、幅広いメンバーを集めた2017年に劇団を旗揚げ。
  • ファシリテーター福島の芸術ホールを創る会 清野和也/齋藤勝之

―まずは、福島で演劇を続ける理由を

大信田:秋田の実家の近くに“わらび座”があり、学校公演を観させてもらっていて、興味がありました。その後、TEAM NACSの大泉洋さんの演技を観て、当時の自分の心境と重なって…自然と涙が出て来て、笑いもあって…。「芝居ってすごいなぁ」と。
福島に残って演劇をやろうと思ったのは、震災があったから。先輩の卒業公演中に被災しまして、はじめて幕が下がらない舞台を経験しました。口惜しかったのですが、前向きに福島の文化シーンが良くなっていけたらなぁと、福島で演劇を続けることにしました。

菱沼:小学校から9年間、放送委員会にいて、高校でも一旦は放送部に所属しました。部活動でアナウンスの大会が出てみると、県大会で落ちた。全国大会のCDを聞いてみたら、みんな揃って同じ読み方していて、「うわっ、何だこれは…」と。拒絶反応で、部活を辞めました。その時、劇団シャレにならないの和合大地君が「演劇部、人がいないの~」と、廊下で騒いでいて「楽しそう」と即決で入りました。それが、今につながっています。

佐藤:私は、もともと「目立ちたがり屋」なんですね。中学の国語の授業の音読で、みんなは棒読みで読むわけですよ。それを聞いていて、「馬鹿野郎、そうじゃないだろう」と。ずーっと悶々していたのが、高校で演劇部に入り、舞台に立ったら、もう抜け出せないと、はまったわけです。
福島で演劇を続けている理由も、自分の中で分からなかったのですが、震災後に、シア・トリエという劇団に入り、『キル兄にゃとU子さん』という震災関連のお芝居をさせてもらった。横浜公演の後、新聞記者の人が質問をしてきたんです。「福島は原発事故後、カタカナでフクシマと書かれていることが多いです。けれども、作り手の皆さんは、カタカナか、それとも、漢字の「福島」か、もしくは、平仮名か。どういう、福島をイメージして作りましたか?」と聞かれた。代表の大信さんは、大学のときに福島に来た人だったので、漢字の福島と言ったんです。僕は、もともと福島に住んでいて、「うつくしまふくしま」っていうキャッチフレーズを目にしていたわけです。だから、僕の中では福島は、平仮名、と答えようとした時、涙が止まらなくって…。和やかに進んでいたアフタートークが、僕が泣いたことによって静まってしまったのです。
その時、僕は泣くほど福島が好きなんだ、だから福島でやっているんだというのを、初めて気づいたんです。そこで、福島で芝居をやっている理由が、見つかったかな…みたいな、感じです。

 

―演劇の魅力は?

菱沼:本番の、一瞬で脳ミソにアドレナレリンがバァーッと出て、テンションがガァーッと上がっていく、あの感じがいいので…。「麻薬」と一緒だと思います。演劇、好きか嫌いかっていうと俺好きなんですよ…。
演劇の魅力は、「壁がないこと」だと思いますねぇ。演劇は誰でも這い上がれるし、何処でだってできるし、さらに言うと、本番中は舞台と客席に壁はない。芝居は観客の反応がチョクで役者の力に変わる。それは、直接、役者が客に絡むという部分でも壁はありませんけど、心の根っこで、役者と観客が、繋がれるみたいな、そういったところが俺は演劇の本当の魅力だと。

佐藤:青森の弘前劇場で、震災後に日本と韓国と中国、政治家はいがみ合っているけれど、我々芸術家たちは、一つになろうとしているんだということを試すお芝居に出演しました。日本で起きた震災に、中国や韓国が喪に服す、喪の共有ができるかどうかを試すと。中国と韓国でツアーを組ませてもらった。
やっぱり、みんな感じていることは一緒で、同じ所で涙は流す。壁がない。僕の同級生もメディアの情報から知って「中国はだめだ」「韓国は…」なんて言っていますけれど、実際行ってみて、やってみれば、同じ人だし、みんな、ホントにいい人でした。言葉こそ通じないけど、ホントに熱意のある素晴らしい方々で、いい経験をさせていただきました。

―福島市内のホールを使ってみて

菱沼:福島市内のホールでは、だいたい上演しました。立ちやすいホール多いと思います、俺は。「あれがない、これが…」というのはありますが、スタッフさんがしっかりされていて、安心できる本当に。一言云うなら、何処のホールも舞台袖がメチャクチャ狭い、ですね。芝居には向いてないのか、な。

佐藤:シア・トリエも出演させてもらっている捨組も、大きい会場は好まなくて。作る芝居の雰囲気に合う小屋が、福島にはないんですね。だから、わざわざ郡山の“富や蔵”に行ったりする。芸術ホールを創る会のホール構想に「ミニシアター」が載っていますが、すごく欲しいなぁって思います。
あとは、結局はホール使用料なんです。働きながら芝居をやっているんですけれど、お金がないのでテルサは使えない。あんまり大きな会場だと、お客さんを全部埋めないと黒字にならない。

大信田:小劇場に適したものが福島市内にはないですね。大ホールでやるには、ヒトもお金もお客もないですから。
前にいわきで働いていたのですが、アリオスは素晴らしいです。ああいった劇場が福島市にあれば、演劇文化がさらに加速し、発展につながるんじゃないかと思います。

佐藤:アリオスは、全国で珍しい優れた中劇場で、様々な舞台方式に転換できるんです。そういう箱も素晴らしんですが、やっぱり、スタッフさんが素晴らしい、情熱がすごい。
福島市に新しいホールを建てるのは良いんですが、そこのスタッフさんが重要になってくると思うんです。ホール構想の規模の箱を回すスタッフをどうするのか、という問題もあると思います。

羽田代表:アリオスは、つくる時に市民が様々な段階で関与していて、だから市民の要求があってこそできた建物ともいえる。行政が思い込みでつくったのではなく、様々な団体と、運営も含めて、聞いてつくった箱なんだと思います。福島のスタッフの中にも素晴らしい人、たくさんいますしね。そういう人と一緒になってホールを創っていきたいと考えます。

菱沼:もともと、いわきは演劇が盛んだったからアリオスができた面もあると思います。てことは、街をつくる以前に俺たちは人をつくらなくてはいけない。プレイヤーがいなかったら、オーディエンスはできない。でも、プレイヤーを増やすには、オーディエンスを増やさないと…。二律背反ですが。どうにかしたいと思った時、芝居はこうして作ると、背中で示してまちを引っ張っていかないとこの町に芸術ホールはできないと思っています。

佐藤:みんな、東京に行っちゃうんです、「演劇、面白いな」となると。そうじゃなくて福島で続けて欲しい、というのもあるし、菱沼クンの、プレイヤーを育てるというのはとても大事だと思う。福島に劇団があるっていうことすら知られていないというのも事実です。

大信田:秋田のわらび座には、宿泊施設に温泉もついている。もともと、角館は武家屋敷や桜もある有名な観光地で、観光の流れで観劇して、温泉に入って宿泊する。最初、ド田舎に公共施設を建てて大丈夫なのか、という声もあったのですが、意外に長く続いてこられたのは、付加価値をつけることができたのが一つの要因かなと思います。
福島のホールにも「また来たい」と思う付加価値をつけられたら、建てた後も有効に使われるのではと思います。昔から長年使われていたものが、震災の後、新しくなるというのは、復興のイメージに重なると思うんです。やる側と見る側で、うまく連携して行けたらなと思います。福島市には、熱のある役者がいて、活発に見て下さる市民の方々がいるというのを発信して行けたらいいな…と。

羽田:みんなが使い易く、親しめる劇場をつくることが一番必要。駐車場、公共交通も含めて、市民が集える施設として、ホールを考えてきたわけです。
演劇人としては、普及をすることが大事だと思うんです。本当にやりたいことはあるんだけれど、観客が来ない。じゃ、多くの人に観てもらうにはどうすればいいのか、という考え方も必要なのではないか。自己満足で、自分たちの言いたいこと、やりたいことをやる、というのもいいのだけれど。じゃ、他の人に分かってもらわなくてもいいのかというと、そうではなくて、分かってもらいたい。そのためにどういう普及のしかたをするか、というのも大事なことだと思うんです。

菱沼:俺、高校演劇している連中に自分らの言葉で芝居してもらいたいんです。高校演劇のコンクール、あれ、型にはまっちゃうんです。顧問や大人の演出家がやっているんですけれど、俺はどうしても「お前らの芝居が、お前らの言葉で喋る芝居が観たい」って思っちゃうんです。
プレーヤーを育てるっていうのは、役者が主体的に舞台に立つ環境を充実して行かないと、何も始まらないと思う。
先日、大紅蓮の旗揚げ公演の映像を親戚の人に見せると、こういうんです。「俺、なめてた。てっきり、高校生が高校生の芝居やって、机のセット置いてワァワァやってると思ってた」っていうんです。結局、「高校演劇」の先入観で、観たくないっていう客もいるんです。

演劇ユニオン大紅蓮 火入れ公演

高校演劇の功罪って、あると思うんです。光は、俺たちみたいな新しい連中は演劇部に入ることでしか、演劇に触れる道はないんですよ。間口として広いからいいんですが、高校演劇の型にはまっちゃうと良くも悪くも抜け出せなくなっちゃう。それが悲しいですよ。
声を上げてもらいたい、俺は、演劇人に。闘ってもらいたいです、街と。そういう、闘争の中で産み出されるものが、きっとあると思う。大紅蓮は、そういう殺意に満ち溢れた演劇団体としてこの街にいようって、決めているんです。

佐藤:青森弘前劇場でやったとき、主宰の長谷川孝治さんに、育った地方の言葉で、福島なまりでやってくれと言われて。地方で芝居やっている強みっていうのは、そういうことなのかな…と、ずっと思っていて。
結局、東京に行って東京の芝居をやるなんていうのは、誰にでも出来ることで、だけど東京の人間が福島なまりの芝居なんか絶対できない。『カックラツケル』とか『ボッコッチャ』なんて言葉は分らないだろうから。そういう自分が長年耳にしてきた言葉っていうのは、聞いていて、絶対豊かになるし…。だったら、せっかく福島でやっているんだもの、福島なまりの芝居をやったら、お客さんも喜んでくれるんじゃないかという、野望はあるよねぇ~。

 

―本日、参加者の皆さんからの声も頂きましょう。飲食店を生業となさっている市会議員として、斎藤正臣さん、いかがですか?

斎藤正臣市会議員:行政と二人三脚で明日の福島を考える立場として、そして飲食店を経営する一人の市民として、それぞれ意見を述べさせていただきたいと思います。
福島の公共施設で、他にはないって言えるものが思い浮かびますか?わらび座さんは、コンセプトがはっきりしていますよね。なんで勝つというのが、すごく分かりやすいと思うんです。ですから、公共施設でも飲食店でも、プレイヤーやオーディエンスにはっきりしたものがないと魅力が少ないと思います。
もう一つは、「横のつながり」なのかな、と思うんです。私のところは食ですが、街なかや映画館と連携したり…。今は様々な業種でそういった「つながり」を増やしているところ、多いと思います。つながりから発信力を上げることも重要だと思っています。

菱沼:第1回目のシンポジウムで、和合大地君が「ブロンクス」の話をしていて。この話に感銘を受けたんですが。「ブロンクスはいろいろな文化が混じり合う街で、ヒップホップの町だ。」「演劇ホール構想の中に演劇的ブロンクスができたらな」と云っていて、「そこに来れば、何かやっているいろんな人が集まる。そういう総合性を持って福島の芸術全体のレベルを上げる場が欲しいな」と。
何も、「福島は演劇がプッシュされてない」って、不貞腐れることはなく、音楽とも付き合って行けばいいし、絵も描けるやつと付き合えばいい。そういう環境を芸術ホールが創っていくかってことが大事だと思います。
そのブロンクスの先をアートだけでなく、町とのつながりにすると、広い意味でのまちづくりの話に広がっていく。芸術ホールの周りに飲食店ができるとか、起きて行けば。
造った先のことを考えると、プレーヤーを育てるだけではやって行けないというのも現状ですね。演劇より、総合性をプッシュする。そこが「ここにしかないホール」の「売り」の部分、になってくるのではないでしょうか。

 

―最後に今日の感想を

大信田:10歳以上も下の素晴らしい意見にビックリしたり、感動したり、久しぶり真面目に考えました。課題もあるとは思いますが、ホールを創る会に賛成ですので、協力していければと思います。

菱沼:なんやかんや、芸術ホールができたら嬉しいんで、とりあえず、もっと”イカシタプレイヤー”が増えていけば、いいなぁと思います。学生には引退があるので、世代交を代キチッとしていければ、芸術ホールも建つんじゃないかなぁ…。草の根から、実際舞台に立つ者と観る者が結びついての芸術ホールだと思うんで、これからもよろしくお願いします。

佐藤:私も福島の老舗劇団にお世話になり、役者として育てられて、ここまで金魚のフンみたいにくっ付いてやって来た先に、こういう会に呼ばれたという感じです。そう考えると、人の繋がりってホント大事で、だからこそ活性化して行くんだなと思います。僕らのシア・トリエも、最近になって若い劇団と交流し始めた。先輩と若い人が交流して互いに刺激を受けて高め合っていく、そうやって福島の役者も上手くなっていけば、より盛り上がっていくだろうし。せっかく立派なホールをつくっても、面白くない劇団ばっかりだったら何ともならないので。
若い世代にも、うまく引き継いで活性化して行けば、ホールも含めて街も、どんどんいい方向に活性化して行くよねぇ。

羽田代表:今日は、みんな言いたいこと云って、ありがとうございました。若い菱沼クンや長いこと役者をやってきた隆太さん、勇太さん、大変面白かったです。やはり、人のつながり大事ですね。表現することを続ける、大事なことだと思います。
でも、年配の人も観ることですよ。そして、言いたいことを言ってみんなで共有する。ホールを創る会も建物造って終わりというんでなく、ただ、市民にそういう場所を提供しないと何も始まらない。そこから、また始まるんです。今回のシンポジウム、大変有意義でした。今日出て下さった方々、ありがとうございました。

(清野和也・機関誌112号掲載)

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