「地方劇場の役割と市民」文学座演出家 西川信廣さん

地方劇場の役割と市民


文学座 演出家 西川信廣さん

❖ 東京都出身。
❖ 演出家。文学座所属。新国立劇場演劇研修所副所長。東京藝大客員教授。日本劇団協議会会長。日本演出者協会理事
❖ 1986年から1年間文化庁在外研修員として渡英。
❖ 『黒蜥蜴』(明治座)、『マイ・フェア・レディ』(東宝)などの大劇場作品から、『黄昏にロマンス』(可児市文化創造センター)『てけれっつのぱ』『三婆』(以上文化座)、『十二人の怒れる男たち』(俳優座劇場)など、幅広く活躍。

日時:2017年7月9日(日)
会場:福島市市民活動サポートセンター


1.はじめに

2月に福島演劇鑑賞会の例会「十二人の怒れる男たち」と「三婆」についてお話した際に、ちょっと劇場についてもお話ししましたら、劇場に特化した話を聞きたいということで、今回お邪魔しました。
これまで各地の市民団体などから劇場建設について意見を求められ、いろいろと関わってきました。その経験からいくつかお話ししますが、皆さんの劇場建設運動にとっても、何らかのヒントになれば幸いです。

⒉ 劇場とは?

❖ ハコモノ行政の残したもの

最初に呼ばれた市では、「隣町の1,900席のホールに負けるわけにはいかないから、2,000席のホールが欲しい」と希望していました。当初の建設計画では、2,000席にするために、楽屋は舞台を下りて、客席の下を通って一番奥にある造りでした。最終的には修正されましたが、舞台機構のことも何にも分かっていなくて、単に2,000席のホールがつくりたいだけでした。当時の市長が退任時期で、最後の実績を残したかったんでしょうがそんな理由で大きなホールを希望することも多かったですね。

お聞きになったことがあると思いますが、90年代にはハコモノ行政と言われて、全国的に凄い数の劇場が建ちました。調べてみると、アメリカの圧力というか、要望だったんですね。国の政策で、自主財源は20%でいいということもあって、全国のあちこちに劇場が建ったわけです。それが今、無用の長物になっている所が多い。一番の問題点は、使っているのが、ほとんど東京から来たイベント屋さんだということ。市民の払った税金で建て、かつランニングコストもずっと払っている劇場を安い料金で借りて、イベントをやって、儲けて帰っちゃうんです。誰のための劇場なのか、と思えるような劇場が全国には沢山あります。無用の長物を造ってしまうと将来にわたって市民に大きな負担を強いてしまいます。

❖ 劇場は誰のもの?

本来劇場というのは、最終受益者は市民です。そこでいろんなイベントをやるのは市民から託された人なんですよ。そこを誤解しちゃいけない。劇場がどの位市民のためになるのか、どの位地域にとって有効なものになるのか、必要なものになるのかを考えることが重要です。

劇場とは、人が集える場所、新しい交流ができる場所です。劇場と市民とアーティストが、劇場を通して色々なプログラムをすることによって、新しい出会いをつくっていくことです。普段何もやっていない時に、閑古鳥が鳴いている劇場が多いのですが、劇場は、絶えず人が溢れているのが一番です。

劇場は、表現活動をする人や、鑑賞する人のためだけの特別な場所ではないということです。どうも日本はある時から一つの権威みたいなものが出来てしまったせいか、市民が誇れるのは大きくて、立派なホールだと行政側の人が誤解しがちです。僕は幻想だと思います。2,000席なら、海外からアーティストを呼べるとか、国際会議が出来るとか言われますが、そんなものは、365日の内の何日間じゃないですか。あるいは何年に1回でしょう。だったら日常的に生活している人たちが毎日使える劇場の方が市民のためになるんです。そして、劇場のあることが市民の誇りになる、そんな劇場が必要だと思うんですよ。

❖ 劇場の役割

音楽、演劇、アートって、好きな人だけがやっていることで、文化の無駄遣いって言われるじゃないですか。でも実はそうじゃない。劇場で行ういろいろなプログラムは、文化の大きな意義を広げてきているんです。

演劇、音楽、アートと言うのは本来、お金と時間に余裕のある人だけじゃなくて、むしろ日常生活でつらい目に遭っている人たちにこそ、勇気や喜びを与え、ちょっと後押しをしてくれる役割を持っているんです。経済的格差が広がってきている今の時代だからこそその役割がますます必要になってきていると思います。そのための契機となるのが劇場です。場所になるんです。だから劇場は、市民が交流できる場所として、文化政策上に位置づけられるべきです。

❖ 劇場は市民にとって必要なものです!

市に劇場を要望する時に一番大事なのは市の文化政策だと思います。市が、劇場というもの、大きな意味で文化というものを、どう位置付けているかということです。自分達が欲しい劇場を要望した時、必ず言われるのが「それって一部の人でしょう」ということです。今まで大体それで蹴られてしまっていますね。だから「こんな劇場が欲しい」と要望するだけではなくて、「劇場はこんなことにも使えます、市民のためにはこんな劇場が必要です」ということも含めて、提案、要望することが必要だと思いますね。

❖ 良い劇場の見分け方って?

劇場の中に「ここで何々をしてはいけません」と言う紙が何枚張ってあるかで、その劇場の良し悪しが分かります(笑)。一杯張ってある劇場は「市民の皆さんに寄り添っています」と言いながら、実は市民を信用していません。そういう劇場は使い勝手が悪い。禁止の張り紙が無い劇場は、「市民の皆さん、どうぞ自由に使ってください」ということで市民を信用しているんです。

ーモデル:金沢市民芸術村ー

大正時代の大紡績工場の倉庫をアトリエにリフォームしたものです。壁を剥がしたら、レンガが出てきたんです。現在、アート・音楽・ドラマ・フリーの4つのスペースと、レストラン(レンガ亭)、事務所があります。ここの使用率が99%以上。使用制限も市民が自分達でつくったもので、自主規則、自主管理方式です。鍵を借りて、開けて、自分達でやって、終わったら消灯して、鍵を返して、という方式です。全く市民主導です。

しかも24時間365日使用可能です。当初心配された暴走族による騒ぎや、不純異性交遊などの問題はこの10何年1件も起きていません。芝生ではお年寄や親子連れが集い、
劇場では演劇や音楽の練習に取り組み、フリースペースでは若い人が踊る等々、年中人で溢れています。今でも全国から沢山の見学者が来ます。近くで見ても面白いからと観光スポットにもなっています。発展型として金沢21世紀美術館もあります

金沢市は、「文化施設は自由に使える、新しいことをやると市の財産になる、文化はお金になる」という証をつくったんです。つまり文化というのはどれだけ人を集め、有益なものかという証です。劇場は、より自由に誰でもが集える場所という特性があるから、それが本当の意味で市民に益を与え、市民に還元することになるんだと思います。

金沢市民芸術村の全景

金沢市民芸術村

〒920-0046
金沢市大和市1-1
☎076-265-8300

✿ 「文化・芸術の町」という金沢の特長に鑑み、施設のコンセプトは、芸術・音楽・美術活動の練習場とすること。
✿ 1996年竣工。
✿ 1997年グッドデザイン賞を受賞。

 

 劇場建設の具体的な例

➀ 失敗例:「文化は無駄」と白紙撤回

実は約4年前、茨城県のある市で、町村合併による特別債のお金が出ることになり、工場誘致もあって、新しい市民も一緒に集える場所として、劇場建設の話が出ました。僕がアドバイザーに入って、地域の文化団体の方々ともいい形で話し合いが進み、予定地を視察し、図面までひいたのですが、議員から「文化は無駄、特に劇場は!」と反対意見が出ました。ハコモノ行政の影響ですね。無駄なものをつくって、無駄遣いしたという負の経験が皆さんの頭にこびりついていたんだと思います。市長選がらみもあり、白紙撤回になってしまいました。実にもったい無かったです。

② 成功例:穂の国とよはし芸術劇場PLAT

ここは、劇場ができるまで、市民が相当長い間運動をしていました。頻繁にシンポジウムを開いたり(「福島の芸術ホールを創る会」からも出席)、議員さんとの話し合いを持ったり、有名なタレントさんに市長等を表敬訪問してもらったり、戦略的に使えるものは全部使いました。そういうことを繰り返し、議論を重ね、劇場の可能性を皆で練っていきました。

要望通りの劇場が建った結果、豊橋演劇鑑賞会では、大きなホールで例会をやっていた時より、会員の定着率が良くなったそうです。お客さんにとって、会場が良くなる程、演劇の面白さが増すんですね。

<関連リンク>

第27回定期総会・記念講演 ― 豊橋演劇鑑賞会

【交流スクエアから
階段を昇って主ホ
ールのホワイエへ】

穂の国とよはし芸術劇場 PLAT

〠440-0887 愛知県豊橋市西小田原町123

☎0532(39)8810

 

 劇場のロビーは開放的に!

―文化庁在外研修の経験からー

誰もがすっと入れるロビーがいいですね。

僕は、文化庁の在外研修でイギリスのブリストルオールド・ヴィックという由緒ある劇場で半年間研修しました。ここのロビーは本当に出入りが自由です。キッチンがあって、ランチタイムに地元の女性がつくったお料理がテーブルに並び、それを近所のサラリーマンや学生が、セルフサービスで取り分け、劇場のロビーで食べるんです。普通のレストランより2、3割安い。水曜日にはドラマスクールの学生がランチタイムショーといって、10分位の寸劇をやるので、それをお客さんがご飯を食べながら喜んで観て帰るんです。そこの食堂には、研修生の僕と一緒に役者さん達も食べに来るので、アーティストと交流も出来るんです。劇場は構えてなくて、何でも有りの場所でした。

一番すごかったのは、恵まれない子ども達のためのボランティア活動です。劇場は、僕が関わっていた芝居に出演していたロック歌手のコンサートを企画。ロンドンからバンドを呼んで、夜11時開演で3時間、終演は夜中の2時ですよ。受付はボランティア、セッティングは劇場のスタッフ、衣装は舞台で使ったものを借用。そして集まったお金は恵まれない子ども達のために寄付。それを劇場を使ってやったんです。市民と劇場関係者が一緒になって行っているのを見て、僕は、劇場って大事なんだなあとつくづく思いました。

ドア一枚隔てた所では演劇なり、音楽なりを行っていても、決して閉鎖的ではなく、いつでも開かれています。ホール内に入られちゃうという心配は、扉毎ににチケットを確認することで解決します。簡単なことなんです。

行政側、運営側が普段着では行けないような雰囲気をつくってはいけないんです。だって真っ赤なカーペットなんかが敷いてあったら中々行きにくいじゃないですか(笑)。新しい劇場をつくる時は、開かれたロビーをつくるように提案します。結果的に金沢市民芸術村もこれから紹介するalaも開かれています。入りやすいです。

 

 可児市文化創造センター ala

❖ ala(アーラ)が目指す劇場の定義

アーラの考え方は、「We Are About People、Not Art」。これはある芸術関係の哲学者の言葉ですが、日本語に直訳すると、「我々は崇高な芸術ではなく、人間についての仕事をしている」という意味。アーラの文化政策を一言で表現した素晴らしい標語であり、考え方の基礎になっていることです。全ての根幹にあるのは人間だということです。

後方が劇場アーラの建物。劇場前の広場では沢山の市民が集う

可児市文化創造センターala アーラ

〠509-0203
岐阜県可児市下恵土3433番地139

☎0754-60-3311

✿2002年年竣工
✿愛称ala(アーラ)はイタリア語で「翼」
✿主劇場(宇宙のホール)3層1,019席
小劇場(虹のホール)311席

✿ 「アーラまち元気プロジェクト」
アーラが発信するコミュニティデザインのかたち。アーラの主軸。2008年から実施。アーラと市民を繋ぎ、様々な思い出や感動が行き来する「窓」の役割を果たす。

✿ いろいろなコミュニティ・プログラム
・児童・生徒のためのコミュニケーション・ワークショップ
・私のあしながおじさんプロジェクト
・オーケストラで踊ろう!運命
・アーラ未来の演奏家プロジェクト
・祈りのコンサート2016
・ココロとカラダの健康ひろば  等々

 

❖ 数々の素晴らしいプログラム

アーラは地域と劇場がとてもいい形をつくっています。うちの劇団である文学座は、アーラと地域拠点契約を結び、一緒に色々なプログラムをつくっています。いくつかのプログラムを紹介します。

① あしながおじさんプロジェクト

あしながおじさんからチケットプレゼント

地域には結構一人親家庭が存在するんですが、とても生活が苦しく大変で、芝居を観にいける状態ではありません。そこで劇場は地元の企業に10万円、20万円の寄付を呼び掛けるのではなく、チケットを2枚買ってもらいます。そのチケットを主に一人親の家庭に抽選であげることで、何十組かの家族が観にこられるんです。

「あしながおじさんプロジェクト」で野口英世のお芝居(マキノノゾミ作、西川信廣演出『再びこの地を踏まずー異説・野口英世物語ー』。来年の福島演劇鑑賞会の例会)を観た小学生の兄妹の話を紹介します。応募したきっかけは、学校で野口英世を勉強して、凄い人だと思ったからだそう。ところが芝居を観たら「学校で教えてもらったのと全然違うじゃん」ということになって(笑)、子どもが大きくなってからは、普段ほとんど会話が無かったこの親子が、野口英世の演劇を観た夜は、久々に2時間長々と話し合ったんだそうです。劇場の「あしながおじさんプロジェクト」と、僕の作品が彼にヒットした、成功したということです。それが無い限り、その家族は演劇なんて観なかった、いや観られなかった、親子の対話だって無かったかも知れない。劇場のプロジェクトがそのきっかけ、仕掛けをつくったんです。演劇の力ですね。

この家族は、僕が昨年アーラで行ったシングルマザーのためのワークショップにも参加していて、その時兄妹から「『野口英世物語』は、西川先生の演出ですよね」と話しかけられて聞いた話なんです。このシングルマザーワークショップも、衛紀生館長から僕に打診があったものです。うまくいくかどうか分からない時は、まず西川に頼んでみよう(笑)、うまくいったら続けるし、駄目だったら考え直そう、ということなんです。いわば実験台ですが、僕は喜んで引き受けました。1時間位のワークショップ後のお茶会は、シングルマザー同士の交流にも広がりが見られ、ワークショップの効果が見られましたね。

② 県立高校改革リーディングプロジェクト推進事業:退学者・遅刻者の減少

上:指導する西川信廣さん/下:ワークショップの様子

もう一つ僕の自慢話というか、岐阜県の東濃高校での体験談をお話します。

東濃高校は、当時(2011年)定員160名(現在120名定員)。地元の有名企業の社長さん、政治家など、町を引っ張る優秀な人材を輩出する名門校でしたが、だんだん地場産業が振るわなくなったことなどが原因で、貧困家庭が6割というような厳しい経済状態になっていました。子ども達の多くは「お前は全然駄目な奴だ」とずーっと言われ続け、高校に入ってからも、勉強についていけない、先生には始終怒られる、友達とも喧嘩ばかりしている。それで1年生で40人位の生徒が辞めちゃうことが続いたんです。

アーラの理事をしていた教育委員の方がこの状況を何とか僕のワークショップで打破できないかと思ったんですね。その教育委員は、アーラの僕のワークショップで、参加者が激変する様子を目の当たりにしていましたから。

東濃高校に事前調査に行った衛館長は、「みんなとっても静か。でもはっきり言ってやる気がない。将来が見えていない。自己肯定がない。15~6歳の子が学校に居場所が無いなんて可哀想だ」と思い、僕が呼ばれました。

30人を1クラスにして、講堂に集まってもらったら、3分の1位の生徒が当然の如く寝ちゃうんですよ(笑)。立っていても1分以上持たない。何かやってもすぐフラフラしちゃう。集中力がない。人の話が聞けない。それで何かやろうとすると、「無理、無理」という世界(笑)。そこからワークショップは始まるわけですよ。無理、無理と言いますが、中にはちょっとやりたい奴がいるもんです。そこをきっかけにして、だんだんみんなをゲームに引き込んでいくと、先生方も「生徒がこんな風に自分からやるというのは初めて」と驚くような変化を見せるんです。後ろの方にポツンと座っていた子がゲームをやると、とても優秀だったり、全然しゃべらなかった子が、連想ゲームで初めて声を発したりすることが起きるんです。

ワークショップをやる前には40人いた退学者が、今は大体一桁です。年間にして約6,000人位いた遅刻者が、今3分の1になりました。他の学校へ転校する生徒も3分の1位に減りましたね。

◆ 演劇の効果

東濃高校の例は、決して演劇が凄いという自慢話ではなくて、演劇も含めて学校が子ども達の居場所をつくったという例です。1年生の時に居場所が出来ると、罰を与えなくとも遅刻が少なくなるんですね。

朝日新聞が「コミュ力向上 演劇通じて」という記事の中で、東濃高校についても書いていますので、その一部を紹介します。

ワークショップ後、男子生徒は「以前は帰宅してもlineばっかり。ワークショップのゲームでクラスのみんなと仲良くなったので、これをきっかけに話せるようになったらいい」。アンケートには「仲間との関わりが増えた」「コミュニケーションの大切さがわかった」などがあった。(2017年6月14日付 朝日新聞より)

演劇ワークショップのいい所だけ言うと、ゲームの中では、普段のガードが取れて、思わず本性が出ることです。周りがそれを見て、「あいつ結構面白い奴じゃないか。優秀な奴なんじゃないか」と評価します。その人の見えない所が見えて、親近感が持てるようになるんですね。生徒は名前を呼ばれることに凄くこだわるようになります。つまりそれまで個として認められてこなかった彼らが、自分を認めて欲しくなるんですね。だから僕は絶対名前で呼びます。ゲームも全部名前で評価します。

ゲームの中で失敗した時に僕は言うんです。「これが演劇だ、ここにいる役者はみんな失敗の塊だ、僕もそうだよ。16歳の時には自分に演出の才能があるなんて誰も思っていなかった」と。東京から来た何だかよく分らないおじさんが、まともな話をすると、結構聞いてくれるんですよ。2時間のワークショップを3回やると、子ども達が変化していきます。その変化は僕にも凄く刺激になります。劇場でコミュニケーションワークショップをやったことが地域の教育になり、教育関係者と演劇関係者がリンクして良い結果を生んだのだと思います。

❖ 役者を志すようになった男の子も

やはり僕がワークショップで行った県立不破高校に、僕のワークショップの時だけ学校に来る不登校の生徒がいたんです。4月の第1回目のワークショップの時、凄く集中力があったので僕は褒めた記憶があります。校長先生と彼と親御さんとの三者面談で、彼は「今の学年では人間関係がうまくいかないので、1回リセットしたい」ということで留年を希望。しかも将来は役者になりたいと言っているので、エールを送って欲しいと頼まれ、僕は彼にメールしました。校長は「彼は役者という道へ進むことに徹底しているから、強くなったんだ」と言います。その子の将来がどうなるかは分りませんが、そんな子ども達との出会いは、劇場が街に無ければ出来なかったつながりです。

 劇場が地域を支える!

劇場と演劇人と地域の人達が一緒になり、演劇や音楽やアートを通して、地域の社会的問題や課題の解決に少しは手助けが出来るんじゃないかと思っています。激変出来るとは思いませんが、きっかけを与えることは出来る時代になっていると思います。そしてそれは、劇場があるということが一番大きいんですよ。

 ソーシャル・インパクト投資

講演中の西川信廣さん

「演劇や音楽って一部の人にお金を出すものでしょう。だったら公的資金で地域産業を活性化した方がいい」と言われがちです。

ここで県立東濃高校を事例とした「ソーシャル・インパクト投資(社会的貢献投資)」の数値についてちょっと説明します。30人の退学を防いだことによる効果をお金に換算すると約48億円(!!)に相当すると言うんですね。つまり高校を中退して他の地域へ行ってしまうんじゃなくて、若い人達が地元の企業に就職して、家庭を持って、子どもを産んで、という好循環になれば、「地方再生、輝く社会」なんて上から言っているより、はるかに実質的に地域の経済を支えることができるという数値なんです。当然ながら生活保護費にかかる地域のお金も減ります。だから文化は決して単なる無駄遣いではありません。実は就職率も上がっています。就職した生徒の実績が次の生徒の採用につながるんですよ。

② 世界劇場会議での発表から

2016年.2月に可児市で世界劇場会議が開催されました。テーマは「劇場は地域社会で何が出来るか、地域社会は劇場に何を求めるか」。劇場を通して社会的な活動を行っているグループが参加しました。イギリスからはグラスゴーやウェストヨークシャー・プレイハウス、日本からは仙台、金沢、岡山、九州。僕もパネラーとして参加しました。

❖ 仙台の事例:認知症の改善に効果

仙台のグループは認知症を治すという事例を発表。仙台で認知症の研究をされているお医者さんが、認知症の治療には今薬を使っているが、副作用も凄くある。これを何とか自己治癒力で治せないものかと考え、文学座の研究生だった岡田君という青年に読み聞かせを頼んだんですね。最初民話などを読んだら、お爺ちゃん、お婆ちゃんは「馬鹿にするな」って(笑)。それで次は文学座の森本薫作『女の一生』の台本を読んだら、終わった瞬間に「そんなことがあった、あった」「あそこの家もそうだった」などと、とても盛り上がったんですって。それで計測したら、皆さんの数値が改善されて、良くなっていたそうです。認知症の改善や、進行を遅らせることに何らかの可能性があるならと、彼は色々なデータの蓄積をしています。もし効果があるとなったら薬代が減るでしょう、副作用が少なくなるでしょう、本人の力ですよ。そういう力が演劇には、アートにはあるんだと思います。

 脳学者である茂木健一郎の言葉ですが、「脳を老化させないために必要なことは次の3つ。新しいことにチャレンジすること。人と対話をすること。人に見られていることを意識すること」。演劇の中にはそれら3つが全て入っています。

❖ ウエストヨークシャー・プレイハウスの事例:日英の劇場が共同作品を計画

イングランド北部のリーズという町(人口75万8千人)にあるウエストヨークシャー・プレイハウスという素敵な劇場と、可児市のアーラは交流があります(2015年4月21日提携)。2020年には、日英共同で新しい作品を創ることになっていて、日本側の演出は僕です。これはウエストヨークシャー・プレイハウスと衛紀生館長が劇場を通して、とても仲が良く、その発展型なんです。

ここでは、水曜日に劇場を解放して様々なプログラムをやります。その中で一番人気があるのは、リーディングワークショップ。参加者の平均年齢は60歳を超えていて、70歳のお婆ちゃんと80歳のお爺ちゃんが、僕らの見ている前で恋愛ドラマを演じるんです。

また、グラスゴーでは、音楽療法で認知症を治すことに取り組んでいます。

③ 劇場が地域の要請に応える時代が!!

高齢の両親を道連れにした娘さんの無理心中とか、高齢の兄妹の孤独死とかは、決して特別なことではなく、かなりあちこちで起こっているし、起こり得ることなんです。

今、日本では引きこもりを抱える家庭が26万世帯。5~6人に1人が貧困家庭の子ども。一人親家庭の2人に1人が貧困のためにまともに教育を受けられないという現状。無収入世帯の乳幼児死亡率が、金持ち層の7倍になっているという日本の格差社会を象徴する統計数字もあります。

行政の取り組みだけでは救え切れない面があります。そういうことを考えると、僕らがどこまで出来るかは分かりませんが、色々なネットワークと劇場とアーティストが一緒になって、教育・医療のプログラムを行っていく時代が来ているんだと思います。それは今の時代の要請だし、これからもそういう要請に劇場が応えていくことが必要とされるし、是非そうなって欲しいと思います。僕は興味があるから今までも、これからもやっていこうと思っています。何度も言いますが、そのために劇場は有効な場所(存在)です。素敵な劇場があると街が元気になるんです。 

 ⒎ 最後に

―劇場が必要という根拠を数字で!!―

地域のシンボルだったり、地域の人が集まれる場所が絶対に必要なんです。芸術の殿堂ではなく、人々のために役に立つ場所としての役割が劇場にはあるんです。今、世の中が数量的な価値に特化されてきて、僕らの業界でも、演劇を観に来た人数だけで評価されがちです。これは経産省や財務省の考え方ですよね。そうじゃなくて、数量では測れないものが僕らには必要なんだと思います。

去年から日本劇団協議会では、東濃高校の実践として、退学者や遅刻者が減って改善された実際の数字とか、居場所が出来たこととか、そういう数量化から抜け落ちている文化の力を実際に数値化して、資料をつくっています。それを文科省に報告しています。文化の持っている底力であり、経済効果にもつながり、社会的に貢献しているということをしっかり示しています。劇場をつくる際には、こういう情報も行政にきちんと提示しながら、劇場は必要であると主張すべきです。


質問コーナー

1 可児市文化創造センター「アーラ」の成り立ちを詳しく教えてください。

新日本フィルハーモニー交響楽団のオープン・シアター・コンサート。誰にでもオープン 〇歳から入場可

1 僕とアーラの衛紀生館長との出会いは中国です。演劇フェスティバルに参加した二人が相部屋になって、意気投合。日本に帰ってきてから、衛さんが可児市の新館長に就任する際、一緒にやってくれないかと依頼を受けました。

アーラはとてもいい劇場だったので、衛さんは「何とかして、ここに自分が理想とする地域劇場をつくろう」と思ったそうです。まず意欲のない職員を交替させるという内部改革を実行しました。その上で可児市にとって誇りになる場所、そして可児市民が自然に集まれる場所を目指しました。衛さんは館長兼劇場総監督で、経営面と芸術面の両方を見ています。

まず演劇に関しては僕のいる文学座と、音楽に関しては新日本フィルハーモニー交響楽団と地域拠点契約を結びました。

定期公演の他、学校や福祉施設に出向いたアウトリーチやワークショップを行っています。「オーケストラで踊ろう」というプログラムでは、市民がオーケストラをバックに踊るんですよ。贅沢でしょう?ホームカミングといって、アーティストが個人の家庭に出向いて出前演奏もしています。

【市民参加公演オーケストラで踊ろう!運命】

アーティストが地域の人達の要望に応じて芸術家の壁を越えて、貢献することを喜びとしています。衛さんはアーティストと一般市民の壁をなるべく低くするというプログラムを色々考えているんです。とにかく劇場をフル回転で使っています。

可児の劇場の建設費は100億円位です。可児市には何も無いから、市民が集う場所が欲しいということで、可児市はずっと貯金をしていました。ある金額まで貯まったところで、予算をつけて建てたんですね。だから最初から「ハコモノ」をつくったんじゃなくて、市民の要請を色々受けて、それで立ち上げていった劇場なんです。それをうまく運用したのが2代目館長の衛紀生さんです。

 

Q2 イギリスのブリストルとか、ヨークシャーに劇場があるということですが、街全体の雰囲気はいかがですか。

2 イギリスの田舎町に行くと、街頭でパフォーマンスをしている人達が本当に沢山います。日本に比べて、文化というものを日常の衣食住に近い形で考え、受け入れ、創っていますね。演劇を観る人口は、市民の5%位しかいませんが、みんなが自分の街でやっている演劇や音楽に興味を持っていて、文化というものを凄く誇りにしています。

フランスアヴィニョンで行われる演劇祭には、市の税金の1%が使われていますが、市民から不満は全く出ません。かといって、市民みんなが演劇祭を観に行くかというと、そうでもないんです。アヴィニョンの演劇祭を自分達が支えているという誇りがあるんです。文化に対して、もちろん劇場に対しても、自分達が支えているという意識が非常に高いですね。

僕がブリストルに行った時は、劇場の補修工事に予算がない状況でしたが、ロビーに募金箱を置いて、キャンペーンを行っていました。劇場が大変になると、みんなが少しでも助けようとするんですね。

イギリスの劇場を支えているのは地域の人々という印象を強く持ちましたね。ブリストルではアーティストに対しては、安く部屋を貸してくれたり、ホテル代も安いんですよ。僕も自分の予算を提示して、下宿をしました。つまり劇場をサポートするということは、単にお金を出すだけじゃない。劇場と市民の連携プレーというか、皆さんが色々な形で支えているんですね。僕が廻った10軒位の中劇場関係者は、市民に何が出来るかということを必ず言っていましたね。

グラスゴーという工業都市にグラスゴーシチズンという有名な劇場があります。少し昔の話ですが、周辺にホームレスが集まり始めて治安が悪くなったため、市民があまり来なくなった時期がありました。劇場としては風評払拭に努力する一方、ホームレスの人達に1公演50ペンスのチケットで後部座席を用意したんですよ。その結果、治安も安定してきたのを機会に、ビルを建ててホームレスの人には移ってもらったんです。行政による強制的排除の形ではなく、劇場を中心に、市民の憩える安全な街にしたという事例です。

 

3 全国的にみると、いいホールと言われるホールには芸術監督やプロデューサーがいますが、福島の劇場にも必要でしょうか。

3 市が、運営にどの位お金を出せるかです。市の文化政策として、芸術監督を位置付けられるんだったら、いた方がいいと思います。でも絶対いなくてはならないということではありません。例えば、劇場が出来て、プログラムを考える実行委員会のようなものが立ち上げられた時、そこにアドバイザーとして、例えば私の様な演劇関係者や、音楽関係者に入ってもらって、一緒に具体的なプログラムを考えることもできます。一般の方が要求するものと、プロの目から見る効果が、すり合わされて生まれてくるのがいいと思いますね。経験があって全体を見渡せるプロに、アドバイザーとして入ってもらった方がより有効ですね。

例えば、僕は今、小田原で6カ月のプログラムで新作のミュージカルをやっています。僕がワークショップを行い、その後オーディション等を経て、30人位のメンバーに絞り込みました。スタッフは全部東京から。出演者は全部アマチュア。プランナーはプロ。多くの地域の会館には芸術監督はいませんが、プログラムに応じてそういうプロジェクトをつくってもらっています。恒常的に芸術監督がいなくても、劇場の位置づけに伴って予算が設定出来れば、その予算に見合った体制をつくることは出来ます。

 

4 西川さんは地域に会ったホールづくりとおっしゃいましたが、西川さんから見て、福島に合った劇場とはどんなものでしょか。

4 まず一つは劇場の規模です。地域の需要に応えことが大事です。市民にとって、更に将来的に考えて有意義な規模はどの位か、数値を突き合わせて、冷静に判断することが必要です。2,000席の劇場は建築費がが高いし、使いにくいでしょうね。僕が考えるにはメーンホールは1,000席規模がいいと思います。僕は600席や800席の劇場が理想的と思っていますが、残響音や客席の造りを考慮し、舞台との距離を近くすれば、1,000席でも大丈夫です。劇場の造りに関しては、建築家とよく話し合った方がいいです。

もう一つ欲しいのは、市民の方が使いやすい300席から500席の小ホール。更に地域では、練習場所が不足しているし、劇場に沢山の人が集まって来るという意味でも、練習する場所を併設することが必要です。しかも出来るだけ多く確保することです。

演劇や音楽のためだけじゃなくても、市民が集まれる場所にするには何が必要か、ということも考えてみたいですね。図書館という手もあります。可児には小さな図書館があって、DVDを自由に観られる小さなスペースもあります。可児は贅沢で映画館もあるんです。撮影会や講演会にも使えます。そんな風に、劇場だけというんじゃなくて、市民がいろいろな角度から使える場所、ある種の複合的施設として考えられるといいですね。行政に任せてしまうのではなくて、地元の皆さんの意見も聞き、専門家と一緒になって、すり合わせる時間をきちんと設けた方がいいと思います。その上で最終的には「福島の芸術ホールを創る会」とかが、客観的なキャパのデータを示した方がいいと思います

後は時間とお金の問題がありますが、市民の税金を使う訳ですから、「福島の市民にとって理想の劇場」を皆さんで追及することが必要です。それを文化政策という形でちゃんと訴えることが必要かと思います。他県のいいと言われているホール、例えば アーラとかの施設を視察に行って、実体験してくるのもいいと思います。

(機関誌114号掲載)

 

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